その人との関係性は、サークルの先輩と後輩だった。
大学に入学してすぐに入ったアウトドアサークルは、4学年合わせても20人に満たない、こじんまりとしたサークルだった。同系列のサークルの中でも一際内輪ノリが強く、よくいえばアットホーム、悪くいえば陰気臭い団体だった。しかし、アウトドアサークルのくせに内向的なその場所が、私にはとても合っていて、ひどく落ち着いた。当時の仲間とは今でも連絡を取り合い、年に2回くらいは飲みに行く。とても大切なホームだ。
その人は、2学年上の部長だった。
メガネで大柄で天然パーマ。お世辞にもかっこいいとは言えないけれど、社交的で(といっても、内向的なサークルの中では、だが)、面倒見がよく、波長が合うのか、話がよく弾んだ。
柄じゃないとは言いながらも部長の仕事はしっかりつとめているところ。なのに、授業にはあまり出ず、卒業単位が危ういところ。愚痴を愚痴として聞いてくれて、変なアドバイスをしないところ。
出会って半年くらい経った頃、ああ私この人の事が好きだなあ、と思った。そして多分、彼も私の事が好きだった。
人間都合の良い生き物だから、記憶が定かではないが、大学近くの喫茶店で、お互いの気持ちを確認しあった気がする。しかし、付き合おうという確実な言葉はどこにもなかった。
その人との関係性が、サークルの先輩後輩から、それ兼お互い好意を寄せている男女に変わっても、状況はほとんど変わらなかった。連絡の頻度、内容、距離感なんてものは変わらず、変わったのは、前より二人だけで出かける回数が増えたことだけだった。
キスはおろか、手すら繋ぐこともなかった。外泊なんてものも、もちろんなかった。
ぬるま湯みたいな関係だった。
私は、自分を好いてくれてる特別な存在がそばにいてくれることが、とても心地良かった。しかしその反面、あまりにも変わらないその関係性に、物足りなさを感じていた。嫉妬もしなければ、干渉もしない。気持ちを言葉で伝え合うことも、胸をざわつかせるような気持ちも見つからない。好意を持っている者同士なのに、彼氏彼女なんかでは到底なかったからだ。
決定的な出来事があった。
ある夏の日、一日中両親が不在だから、お互い見たいと言っていたDVDを借りて、家で見ないか、という誘いを受けた。決心することに怖さはあったけれど、どこかで期待していたんだと思う。そして、向こうも変わることを期待しているんだ、と思っていた。けれど、その期待も覚悟も無惨に散った。
その日、最寄り駅で待ち合わせをして、TSUTAYAでDVDを借り、その人の自室ベッドで横並びに座って6時間ぶっ通しでリチャードホール*1を見た。日が暮れる頃、さて飲みに行くか、と近くの焼き鳥屋で飲んで、そのまま駅まで送られて、電車でその日のうちに家に帰った。
自宅に帰る電車の中の1時間半。ああ私は何を期待してたんだ、と。そんなことあるわけないじゃん、と。落ち込みというか、諦めみたいな気持ちになり、気づいた時には、好意はどこかに消えていた。
今振り返れば、こちら側から不満に思っていた関係性を打破しようという行動は一切おこしていないのだから、身勝手で、わがままなやつだな、と思う。
どうするか悩んだが、その数週間後、私はその人に、好意がなくなったことを告げた。何か引き止められるようなことを言われたような気もするが、あまりよく覚えていない。なぜなら、その後も、別に関係性はなんら変わらなかったからだ。
連絡の頻度は多少減ったかもしれないが、話す内容も、距離感も、変わらなかった。二人でご飯を食べに行くこともままあった。月日がたち、お互いに社会人になっても、その関係性は継続していた。
この関係性が、先輩以上恋人未満、というよりも、家族のような存在だと思った時に、自分の中で腑に落ちた。近しくて大事な人だけど、恋愛ではない感情。兄のような存在、というのが私の中の最適解だった。そして、相手もそうだと、と勝手に思っていた。
だけど、それは私だけの認識だったのかもしれない。面白いくらいに不変だったものが、変わったのは、今年の初めのことだ。
私に、恋人ができた。相手は異動を機に知り合った会社の人。ちょうどそのタイミングで、新年会と称したサークルの飲み会があった。当たり前のように、彼氏が出来たよ、と報告をした。
みんな、別に騒ぎ立てることも無く、ふーんという感じで、アイドルヲタクなのによくできましたね、とか、騙してません?とか、いつもの内輪ノリでひとしきりいじられただけだった。
その日からぱったり、その人と連絡がとれなくなった。
別の人の情報で、生きていることは確認しているのだが、今まで普通に行われていた、誕生日おめでとうも、仕事の話*2も、既読無視されている。最初は、忙しいだけかと思ったが、周りの情報や、半年以上この状況が続いていることから、そうではないことを悟った。
好きではないと告げてから、この6年間。合コンに行った、街コンで出会った人とご飯に行った、会社にかっこいい人がいてデートした、なんていう話は死ぬほどしてきたのに、何がどうしたんだ、と最初は思った。しかし、決定的に今までと違うのは、ステディだということ。
渾身の一撃、みたいなものだったのだろうか。
全て憶測で話しているから、本当のところはわからないし、違ったらあまりのナルシス具合が恥ずかしいのだけど、そうだったのだとしたら、今までの私の最適解は、相手にとっては違ったということだし、長い間、ぬるま湯につかっていた私とは別で、どこかで傷つけていたのかもしれない。
今私はひしひしと、不変なんてものは自分の思い違いであることと、自分の身勝手さを痛感している。
ぬるま湯みたいな関係性は、もう戻らない。だって、私がその人にもう一度特別な好意を持つことはないし、私にとって今一番大事にしたいのは、私を見つけてくれた恋人だ。