会わない後悔より会う後悔。

Hello!ProjectとSUPER EIGHTEを愛するアラサーOLの戯言

永遠の新規になりたくないから、深入りしたくない

「永遠の新規」ー

ごくせん出のKAT-TUN担に使われたのが初出なのだろうか。花男*1出の嵐担にも使われていたような気もする。

「永遠の新規」それは、特定のヒット作品をきっかけにファン(オタク)になった人のことを揶揄する言葉であり、スタエン*2界隈の人は聞き馴染みの深い言葉ではなかろうか。

私が応援するSUPER EIGHTについては、もうメジャーデビュー以降は新規みたいな深淵の世界というか、これは主観になるが、爆発的にというより、じわじわと売れたので「永遠の新規」というワードで盛り上がることはあまりなかったような気がする。まあ私は10周年メディア露出多い時期出なのでそういう意味では永遠の新規なのかもしれないが、永遠の新規という自覚はあってもそれを揶揄されたことはない。(正確にいうとハマりはじめは8周年だからどちらにせよそこそこフィーバーはしていた。)

20周年以降めっきりグループ活動が減ってしまったSUPER EIGHT。やすださんの舞台での活躍は嬉しいけどさすがに地方のお坊さんとの説教までは正直ついていけていないし、なんというか普通にグループ活動が欲しい。ライブやってほしいし、もっと面白いバラエティもやってほしい。聞き役じゃなくて出役としゴリゴリやっている姿が見たい。そんな暇を持て余している時に、心の隙間に入り込んできたやつらがいた。

今売れに売れているあのボーイズグループー M!LKだった。そう、イイじゃんとか滅とか爆裂のあのM!LKだ。

そもそものところでいうと俳優ヲタもやっている私としてはこんなに売れる前から正直M!LKのことは知っていた。推し俳優は歌とか出していないけどナベ*3でドル売り*4されてたから、競合を調べる意味でもスタダ*5に限らず、若手俳優やアイドルグループはチェックしていた。スタダでいうと超特急が7人だったときもDISH//にベースがいた頃も知っている。さくらしめじは5→9*6で売れると思っていたしグループ名がアルファベット表記に変わった!?と思うくらいの情報は持っていた。(推し俳優もおじさんになり、独立もしたので、昔ほどは調べていない。)

殊M!LKでいうと、佐野勇斗と板垣瑞生がいるグループとして認識していた。申し訳ないがその他のメンバーは字面だけしか知らなかった。チェックといっても張りついているわけでは勿論なく、定期的にWikipediaとかで動向を見ているだけなので、1人脱退して3人入った時も、ああ佐野のいるグループ人数変わったなあ、くらいだった。宮世琉弥と板垣が抜けた時、まあそうなるよなあと思ったと同時に、いや俳優専念っていうけど一番売れてる佐野が残るのはなんで??と思った。それだけ残りたい理由があるんだろうな、佐野は覚悟決まってるすごいやつだなと、誰目線かわからないけどなんかそんなことを思っていた。

私の若手俳優を早いうちから認識して、私は売れる前から知っていた!ムーブの話は一旦置いておいて、アイドルグループというのは1人だけ爆発的に売れてしまうとなかなかグループとしてはうまくいかない。9nineの川島海荷、bump.yの桜庭ななみ*7、Rev. from DVLの橋本環奈がいい例ではないか。DISH//の北村匠海も彼がギタボだったからグループとして歌番組出たりできただけで、普通のアイドルだったらDISH//として売れたかと言われると私は否だと思う。

そういうわけで、私は佐野勇斗だけ売れている状況でM!LKは売れないと思っていた。「イイじゃん」がバズったことがM!LK爆売れの転機なのは勿論だけど、一番大きいのは2人目が出た、ということなのではないだろうか。山中柔太朗が売れた、これが今のM!LKのブームのきっかけではないか?ブーストかけるにはBLドラマドーピングが効果的というのも置いておいて、タイミングが良かったというのも一つの説としてあげたい。スタエンの弱体化、嵐活休、バラエティもできる5人組の感じの良いアイドルという既視感も相まっていると見ている。

評論家筋に行ってしまったが、ここで話を自分に戻すと、M!LKに惹かれたきっかけは「イイじゃん」だった。私は自他共に認めるトンチキ曲愛好家なので、「イイじゃん」は大好物だった。トンチキ好き仲間の同級生にMVをすすめまくった。会うたびに「イイじゃん」聞いた?と話して一笑いしていたところで、「好きすぎて滅!」が来た。これはトンチキ愛好家としてだけでなく、ハロヲタ*8としてはまった。トンチキなんだけど、どことなくハロプロに似ている規模のデカすぎる愛や世界平和感。セリフや転調の感じも絶妙に良い。ダンスも覚えた。そこで襲いかかるよりハロプロみの強い「爆裂愛してる」。この曲の佐野の歌い方がハロプロ。ちっちゃい愛を、ちっちゃいやいと歌っているところ。積み重ねるもの、のリズム感と"ン"。

人間何回も見ていると自然に今まで知らなかった他のメンバーの顔を覚えるもので、しかもご丁寧に色分けもしっかりなされているから覚えやすい。さすがももクロを売り出したスタダ。YouTubeやInstagramのアルゴリズムとはなんとも罪深く、MVを見ていると関連動画をひたすらにすすめてきて、目に触れ、知らず知らずのうちに入り込んできた。

あれ?この人たちおもしれー男じゃね?と思ったのが終わりの始まり。ハイ、あなたはもう沼に浸かっています、と傍から見ればジャッジできる状況にまできてしまったが、認めたくないのだ。

だって、永遠の新規になりたくないんだもん!!!

イイじゃん出は永遠の新規、とX(旧:Twitter)で揶揄されたら戦える気がしない!(何と?)とにかく謎のプライドが邪魔をする。永遠の新規の称号というか、その自認はエイトで散々コンプレックスになっているからもういい。あと、SUPER EIGHT応援しておいて大っぴらに浮気するといつか大きなしっぺ返しがきて痛い目見そうで、普通に怖い。恐怖が勝つ。

恐怖心とプライドが邪魔する限り、私はゆるゆる薄目茶の間として生きていくんだ。そう決意してここに記すのであった。

 

追伸: お願いなのでエイトさん、単独のグループ現場をください。枯渇しています。ちなみに佐野の顔はずっと好きでしたが、落ちたのは吉田仁人でした。

*1:井上真央主演ドラマ「花より男子」

*2:STARTO ENTERTAINMENT の略称。旧事務所名は名前を呼んではいけないあの人みたいな扱いになっている。

*3:ワタナベエンターテイメントの通称。ナベプロともいう。

*4:俳優だけどビジュアル押し出して、イベントとかやってアイドルみたいに売り出すこと

*5:スターダストプロモーションの略称。ここで話すM!LKが所属する事務所

*6:石原さとみ主演ドラマ「5→9〜私に恋したお坊さん〜」

*7:現:宮内ひとみ

*8:ハロー!プロジェクトのヲタクの略称

細かすぎて伝わらないハロプロモノマネ

人事の関係で趣味・特技を書かねばならず。

人に言える特技なんてないなあと思い頭を悩ませて捻り出したのが「なんとなく流行に乗ること、細かすぎて伝わらないハロプロモノマネ」だった。なんでやねん。

今あるレパートリーを備忘録的に残しておこう。(2026.02現在)(都度更新)

 

・“抱きしめて”の発音が独特なエレジーズ印象派ルノアールのように」

・力んで迷惑パン屋さんになってしまうモーニング娘。生田衣梨奈「セクシーキャットの演説」

・絶対に裏返るJuice=Juice宮本佳林「この世界は捨てたもんじゃない」歌い出し

・アレンジしすぎて元のメロディがわからなくなるJuice=Juice高木紗友希「生まれたてのBaby Love」落ちサビ

・奈落に急速に落ちていくつばきファクトリー小野田紗栞「今夜だけ浮かれたかった」落ちサビ前

・セリフが棒読みぽいBEYOOOOONDS江口紗耶「アツイ」

モーニング娘。'19コンサートツアー秋 KOKORO&KARADAにて、初披露の新曲(LOVEぺディア)曲振りを甘噛みするモーニング娘。横山玲奈

・鼻濁音つきまくりのカントリー・ガールズ梁川奈々美「書いては消しての"I Love You"」

・愛したいがアインシュタインと聞こえるBerryz工房あなたなしでは生きてゆけない

太陽とシスコムーン「ガタメキラ」レコーディング中のつんく

・八木栞卒業コンサートで男泣きするつばきファクトリー谷本安美

・ワイの軍団になるモーニング娘。「愛の軍団」

tiny tinyポーズ

RuRuよりカタコトに聞こえる黄色5 平家みちよ「黄色いお空でBOOM BOOM BOOM

 

 

 

このまま人造人間になろう

私だって酒が飲みたい。好きで禁酒しているわけではない。飲んだり飲まなかったりするときの言い訳がめんどくさくて、あんまり飲まないんです、と嘘じゃないけど嘘みたいな中途半端なことを言って、ソフドリだけを飲む道を選択している。

治療のためになるのだろうか。飲みたい酒を飲まず、普通のコーヒーを避けているのは。X(旧Twitter)にたくさんいるいわゆる妊活垢の人なんかに比べたら、全然大層なものではないし、私レベルで大変つらい〜なんていったらまあ総叩きされますね。

不妊治療をはじめて、もう丸一年は経っている。最初はタイミングからはじまり、一度妊娠するも流産。手術を経て、またタイミングするもなかなかできず、人工授精にステップアップした。

タイミングのときは全然何も気にせず、酒も飲んでたしカフェインも気にしたことがなかった。人工授精はじめてからも最初は普段通りにしていた。でも全然うまくいかなくて、どんどんどんどん追い詰められてきて、自分の行いが悪いんじゃないかと思いはじめた。私が体に悪いことしてるのがいけないんじゃないのか?別に妊娠に気づかず、酒飲んでる人だっているし、カフェインだって毎日レッドブル何本も飲みますとかじゃない限り全然あるから気にしすぎだろ、って頭ではわかっている。わかっているけど、追い詰められるとそういうところなのではないか、と思ってきてしまうわけで。

秋ごろ酒を飲むのをやめた。飲み会には誘われればいくけど、自分で企画することをやめた。ジンジャーエールばっかり飲んでいる。私が酒飲むことを知っている人たちになんで飲まないんだよと突っかかられることもあるけど、不妊治療してますなんて真正面に言えるほどの勇気は持ち合わせていない。なんかよくわからない言い訳で逃れて、逃れて、そういう飲み会には行かないようになる。飲んでも飲まなくてもあんまりテンションは変わらないから、私はシラフでも全然大丈夫だけど、酒飲まない疑問を持たれるのは非常に気まずい。あまり私のこと知らない人と飲む時は、あんまり強くないから〜と嘘ではないけど嘘をついてしまっている。本当は一杯目のビールが死ぬほど飲みたい。飲んでもいいのにね、今別に妊娠してるわけじゃないから。でも勝手に自制している。なんの見栄なんだろうか。お茶もコーヒーもカフェインレスを選んで飲んでいる。黒豆茶と麦茶ばっかり飲んでいる。ノンカフェインのフレーバーティーまずくてびっくりした。もう買わない。

それでも人工授精はうまくいかなかった。クリニックにすすめられ、体外受精にステップアップした。突然明日来てくださいと言われる病院、痛い自己注射、全身麻酔で採卵。割と数が取れたし、取れた分だけ無事受精した。次の周期ですぐに移植にいけるよと言われた。想像以上にこのフェーズは順調に進んでいた。お金もこれまでに比べてかかっているが確実性が高くなっているのだと思うし、私はまだやれると思えた。

移植前に一度検査しておきましょうと言われ検査したら、子宮内膜ポリープが複数見つかった。同じ検査を去年の夏の子宮内膜症の手術をする前にやっていてそのときはなかったのに。手術の後にできたってことですか、と先生に聞いたら、そうなります、と。ポリープができてしまう原因はわからないそうだ。このポリープをとらないと体外受精しても確率は半減するので取りましょう、と。ただ手術の予約は2ヶ月先まで空いていません、だとさ。

あーあ、やっと終われるかもしれないと思ったのにこの手術までの2ヶ月なーんにも前に進まないんですよ。酒飲んでやろうと思ったけど、今飲んだら願掛けじゃないけどさ、なんかもう収拾つかなくなっちゃうんじゃないかと思って、私は飲まない、飲めない。

来年年明け、1月末にまた手術をします。どんだけ手術するねん。早ければ3月に移植できるかもしれないけど経過次第らしい。

もう私は生殖個体として向いていないんだと思う。

今の生活も楽しい、夫と二人でも別に悪くない。あーあ諦めるか?諦められるか?手術ばかり、薬ばかり。どこかで諦めはつくのだろうか。もうなるか、人造人間に。

その声は李徴子

学校にうまく馴染めず中学2年生の春、適応障害を発症し不登校になった。学校に行かなくなってから数ヶ月後、通っていた心療内科から市が運営する教育支援センターを紹介された。フリースクールというのだろうか、同じように学校に通えない市内の小中学生が同じ教室に集まって各々勉強したり、交流をするところだった。

当時学校には行っていなくても塾と英会話教室には通っていた。けれど、日中家に引きこもって勉強するか寝るかネットサーフィンするかしかない生活はあまりよろしくないという自覚はあった。心療内科からすすめられたことだしと、そのフリースクールの見学には行ったのだが、結局通うことはしなかった。 

フリースクールに通う自分」が許せなかった。学校というコミュニティから逃げたくせに類似の空間に身を寄せることが腑に落ちなかった。多分、私はここに通う人たちとは違うと思いたかった。不登校になった時点でとうになくなっているはずのプライドなのに、私はそれがどこか捨てきれていなかったのだった。フリースクールフリースクールに通う人に対してどうこう批判じみたことを思うことはないのだが、自分がそうである事実は受け入れられない。この自他の乖離現象はなんなんだろうか。高校生になり国語の授業で出会った山月記にいたく感銘を受けたのは、李徴子が自分だったからなのかもしれない。

 

この一年、仕事がとにかく忙しい。昨年度まで3人でやっていた仕事をほぼ1人で担うことになった。業務量が増えるだけなら私がフルスロットルで作業すればまだいい。ただ今の私には難易度が高い仕事も担当することになり、一つの業務にちゃんと向き合って考えないといけないことが増えた。どんどん手を動かさないと捌けないのに、考えないとそもそも手を動かせないので終わらない。そして上司と仕事への向き合い方というか、それぞれ仕事で大事にしている信念が違った。上司のことを人として嫌いなわけではないし、パワハラを受けているわけでもない。ただ仕事上の考え方が合わない。そしてまわりの人たちは優しい。和気藹々とした職場だし気遣ってくれるが、物理的になにか助けてくれるわけではない。この決定的な出来事がなく、誰も悪くない忙しさというのが一番つらかった。パワハラ上司に傍目でわかるパワハラを受けて被害者になれれば即コンプラに訴えられるのにそれもできない。私の仕事の能力と物事への割り切りが足りない。ただそれだけ。

不登校のときの話を思い出したのは、そんな日々に追い詰められていく私を気遣って夫がかけてくれた言葉だった。

そんなにつらかったら仕事やめてもいいし、休んでもいいよ。

なんでつらい側の私が、自分のキャリアを断念しないといけないの?と腹が立った。本当は会社に行きたくない、やめたいのに、それができない。毎日毎日涙が出てくるのに、それでも会社に行ったら仕事ができてしまう。今休んでも誰も私の味方はしてくれない。私が休んで業務が大変になった上司に同情の気持ちが寄せられる。休んで復帰できても、メンバーに恵まれたチームなのになぜかメンタルやって休んだやつ、っていう評価がついてまわる。そんな自分を認められない状況に、私中2のときと同じ考えを繰り返している、と思った。人っていうのはそう簡単に考えが変えられない生き物。もう15年以上前のことなのに、根本は変わらない。忙しい忙しいと職場で騒いでいる時点でプライドなんてないはずなのに、ないはずのプライドが捨てられない。

プライドの葬り去り方を教えて欲しい。臆病な自尊心と尊大な羞恥心に苦しめられて、このままだと私も虎になってしまう。

さようならのタイミング

母の弟、叔父が亡くなっていた。

亡くなった、ではなく、亡くなっていた。

母の元に連絡がきたときには、既に亡くなってから約半年が経っていた。没交渉だったわけではなく、周りのみんな誰もわからなかった。

元から連絡がまめなタイプではなかった叔父。私からしたらいとこ、叔父の子どもたちも便りがないのは元気な証拠と思っていたが、あまりにも連絡がないのを不安に思い部屋を尋ねたら、ということだったらしい。いわゆる孤独死というやつだった。近くに住んでいたのに早く見つけてあげられなかった、といとこはとても悔やんでいて、私も胸が痛かった。見つかるまで時間がかかったから警察が入ったりといろいろあり、葬儀ができるまで約1ヶ月半近くかかった。唯一の弟をこんな形で失ってしまった母は精神的なダメージが大きかったのか、かなり不安定な状態になっていたので、訃報があってから葬儀までの間、ほぼ毎週末実家に帰ったり、母を外に連れ出したりしていた。誕生日の連絡をしたときに返ってこなかったのはいつも通り、じゃなくてもうこの世にいなかったから、という事実に直面したら、不安定になるのは無理もない。叔父と姪の関係の私でさえかなりの衝撃で、知らせがきてからしばらくやりせない気持ちで、仕事のときも考えてしまっていたくらいなのだから、肉親を亡くした母はよりいっそうその気持ちは強いはずだった。あまりに落ち込む姿を見てしまったから、ああどんなに死にたくても今のタイミングは死ねないよなあと思ったりした。

叔父はあまり人付き合いを好むタイプではなかったが、不器用ながらに優しい人だった。反抗期の時でも、母のことを呼び捨てにしたことはなく、お姉ちゃんと呼んでいたらしい。滲み出る真面目さ。叔父夫妻が離婚してからは祖父母宅に家族で来ることがなくなり、元々まめなタイプでもなかった叔父と会う機会は減っていて、誰かの葬儀で顔を合わせることがほとんどではあったけど、年々亡くなった祖父に似てきたなあと思い、懐かしさを感じたりしていた。車が好きな叔父で、でかい車に乗せてもらったなあとか。そう近くもないけど、姪なりに思い出せるほどの思い出は持ち合わせている。

葬儀はしめやかに、身内だけで行った。祖父の葬儀ぶりに会ういとこたちと軽く話し、こんな機会でもないと会わないからと連絡先を交換した。いとこの顔をみて、いとこの顔に兄の要素を感じ、兄は母方の顔だなあと思った。(私は完全に父方の顔だから全然似てないのがなんともいえない)

叔父が早期退職していなかったら。叔父が離婚せずに誰かと住んでいたら。叔父の持病を誰かが知っていたら。たらればを思い浮かべても、みんな後悔するだけで、でも誰かが悪いわけでもなくて。そんなやるせない状況にさようならのタイミングというのは、そううまくいかないものだと思い知る。今年もまた、ままならないを受け入れていかないといけない人生なんだと打ちひしがれてしまった。

推しの生田衣梨奈さんが卒業発表しました

年が明けまして今年はモーニング娘。'25です。

そんなモーニング娘。'25のリーダー・私の推しこと生田衣梨奈さんが年明け最初のハロー!プロジェクトのコンサートで、春ツアーでの卒業を発表しました。卒業発表された1月2日は、彼女のお披露目日、加入14周年を迎えた日でした。残念ながら発表の現場に私は入っていなかったのですが、オタクたちのレポを見ると、とってもフランクに伝えられたということで、気ぃ遣いの彼女らしいな、と思ったオタクでした。

 

生田衣梨奈さん(えりぽん)を推しはじめたのは実は彼女が加入したときからではなく、加入から大体1年半後くらいでした。

えりぽんが加入する前、私は亀井絵里ちゃん推しをしていました。絵里が卒業する頃、ハローは好きではあったものの高校受験〜高校で部活したりと私生活が忙しく、なにせハローの露出が激減していたのもあり、かなり薄めに追っていた時期だったので、メンバー一人一人のことまではちゃんと追いきれていなかったのです。なので絵里の後に明確な推しメン不在で、まあ6期がんばれ〜といったところでした。そんなある日、私は出会ってしまったんですよ。生田衣梨奈さんの可愛さに・・・

2012年の春、えりぽんが敬愛する新垣里沙ちゃんが卒業するとなり、ガキさんのバスツアーにえりぽんが参加するという企画(?)がありました。そのバスツアーのDVDが発売されたのが多分2012年の秋ごろだったでしょうか。違法だったかアップフロントの広告動画だったかもはや記憶にもないのですが、YouTubeで見たガキさんバスツアーに参加し、いっぱいのオタクと一緒に盛り上がったり、チェキに喜んだり、仕出し弁当のおにぎりを箸をつかって口を大きくあけて食べたりしているその姿を見て胸打たれ、あっ私この子のことを応援する、と思ったのです。

出会うべきタイミングもあったのでしょう。ちょうどその頃は部活を引退し、紛うことなき受験生として勉強しなきゃならずストレスフルMAX。そんな私がたどり着いたのがハロヲタ復活だったのです。(まじで今考えると意味がわからない) One•Two•Three*1とか、会いたい会いたい会いたいな*2とか、cha cha SING*3の動画めっちゃ見てた。勉強しろよ。

めちゃくちゃ動画をみている時期じゃなければ、そんなバスツアー動画スルーしていたかもしれないわけで、えりぽんのことを推そう!と思っていなかったかもしれない。そうやって出会ったえりぽんでしたが、見れば見るほど彼女に惹かれていったのでした。ゴルフが上手で運動神経が良くて、出たがりでぐいぐいすすんで前に出て行くけど負け顔が上手。でしゃばりに見えるけど実は繊細で気遣い屋さん。可愛いの見せ方を気にしていて、ファン思い。増えない歌割だったり、舞台メンバーから外されたり、いろんな葛藤があったんじゃないかと思います。でもそんなこと思わせないような振る舞いに私はいつも彼女のプロ意識を認識させられるのです。14年間無欠勤、頑丈な体といわれていますが、これも彼女のプロ意識からくるものでもあると思っています。

かなり長い在籍期間であったし、同じく長く同じ時を過ごしてきていた同期のフクちゃんや10期のあゆみんが卒業していったのもあり、そう遠くない未来にえりぽんも卒業する、という覚悟はできていましたが、ついにその時がきてしまった。

本当は寂しいし、悲しい。ステージで一番星のようにいたえりぽんを私はずっと追い続けていたから、幕があいたその場所にえりぽんがいなくなってしまうということをまだ想像できない。でも、卒業してもやりたいことないから、といっていたえりぽんモーニング娘。の看板をおろしてひとりで挑戦してみたい夢ができたことが嬉しいし、応援したいと思っています。事務所を離れることがちょっと、いやかなり心配だけど・・・えりぽんはきっとファンが悲しむことはしないんじゃないかと信じたいし。

彼女や彼女のファンを苦しめてきたであろう、変なアンチからの心無い言葉たちから解放されると思うとちょっとだけ安心してしまう自分がいるのも本音ではあります。本当にこういうのは見えないところでやってほしい。愚痴垢とか名乗るくらいなら鍵垢でやってほしいと強く思う。

なにせ春ツアーが待っているので、私は春ツアーガチ勢になります。えりぽんの故郷福岡にも行きたいし、関東公演は全部行きたい。来たる卒業コンサートは絶対に見守りたい。仕事頑張るので、お願いです。なんとか私が追い続けてきた彼女の美しい姿を見るチャンスをたくさんいただけると嬉しいです。

*1:モーニング娘。50枚目シングル

*2:℃-uteの19枚目シングル

*3:Berryz工房の29枚目シングル

ままならないを受け入れる

2024年11月13日記

 

今年2回目の手術を受けた。妊娠7週目の稽留流産による子宮内容物の除去術だった。年2の手術って多村*1かよ、と思った。自分の置かれた悲劇的な身をそんな風に置き換えられるおふざけ思考力。自分の嫌いなところすぎて呆れるが、おふざけしてても思い悩みはするもので、初期流産の原因のほとんどは染色体異常で母体起因の問題ではないことも、現代の医療ではどうにもできないことも知っているし、わかっているが、それで自責の感情や後悔の念はそう簡単に消えないのが、八百万の神がすまう国に生まれてきた無意識信仰心マシマシの日本人だと思い知らされる。子どもは親を選んでくる理論とか親になる準備ができてなかっただけだよ論とかそんなの信じてなくて、生物なんだからあるべき行為をすりゃ子供はできるし生まれてくる。そんなこと信じてたら性暴力を受けた人の妊娠とか、できちゃった結婚とか、虐待家庭とかまじでどうなるんだよと思っている。その反面、そういう冷めたこといってるから結局恵まれなかったんだよ、とかありそうだよな、なんて思う自分もそこにいて、結局前段の意味のわからないいかにも日本みたいな自分に苦しめられるのであった。

稽留流産と診断されたとき、判断するのに少し時間がとれますと先生に言われたけれど、このまま放っておいてもどうにもならないんですよね、とすぐに手術の日取りを決めて手術の同意書にサインして帰って来た。妊娠したかもと思ってからの約1ヶ月我慢していたコーヒーを飲んだ。ああもう気にしなくていいんだなあと思った途端にぽろぽろと涙が出てきた。解放されたはずなのになにも嬉しくなかった。もっと悩めばよかったのかなあ。

夜になって布団に入ると今まで疲れていたはずの体なのに、眠りにつけなくなっている。感情がわからないけど涙が出てくる。出張に行く前に上司には報告しないとととっていた会議室をキャンセルした画面の記憶がよみがえる。ああ人生ってままならない。誰がどう歩んだって人生どうにもならないことだらけだけど、どうにもならないことばかりすぎないか?

楽しみにしていた屋久島旅行も妊娠に気づいてキャンセルした。迎え入れる準備はできていると思ってたのに。そうやって押し付けがましいのをやめなさいってことかもしれないとかいろいろ考えても、結局はこのままならなさを受け入れていかないと、人は壊れていってしまう。手術後のしばらく止まらない出血や、子宮の動きを回復させるための服薬やそれに伴う腹痛も、受け入れないといけないプロセスで、数々のままならないを受け入れていくしかないのだよ。

胎嚢だけで中身がなかった君よ。もし次に人生が与えられるときは、実りあるものになってくれよ。バイバイ。

*1:プロ野球選手・多村仁志。私の大好きな野球選手のひとり。スペランカーという愛称で呼ばれるほど現役時代ケガが多かった。