会わない後悔より会う後悔。

Hello!Projectと関ジャニ∞を愛する20代女子の戯言

手放せる人

まわりからは普通そうに見えたり、充実してそうに見えたり、何もそこまでのことを抱えていなさそうに見えたりしても、この世を手放そうとしている人が、思ったよりもずっと近くにいる。

 

この間放送されていたMIU404*1 4話のとあるシーン、星野源演じる志摩が犯人に銃口を向けられた際、撃たれたら確実に死ぬのにそれも厭わぬ素振りをしていた。

志摩は、常に死にたいと思って行動に移しているわけではないが、いざその縁に立った時、簡単に手放せる人なだけだと思った。私はそのシーンを見て、なんだかシンパシーを感じていた。

 

先日、若手俳優の有望株がこの世を手放した。*2

いくつもの映画の公開を控え、次のクールのドラマ、半年先の舞台が決まっていた。多分まだ情報の出ていないお仕事だって、あっただろう。

優れた容姿に、秀でた才能、誰もが羨むものを手中におさめていてもなお、努力を惜しまない。ストイックで、真面目で、人望あふれる人でも、縁に立っていることがある。だからこそ、かもしれない。

 

手放した人の近くにいる人たち、

どうか、自分を責めないでほしい。

あの時ああしていたら、とか、私がこうしていたら、とか。過去を振り返って、ひとつひとつの自分の行動を悪いように拾っていかないで。

自分を追い詰めるようなこと、深く考えないで。

それぞれの抱えているものは他人には到底わかりっこないし、手放せる人は、容赦なくそれを手放してしまう。抱えているものが重かろうが、軽かろうが。まわりにどれだけの人がいようが、いまいが。そこに他意はない。あるのは、自分が手放したという事実だけ。

 

どうか誰も責めないで。

外因よりもそれは内発的なもの。*3

誰もその縁はわからない。自分の縁だって、わかっていない。

 

責めるよりも、第二の死を迎えさせない方がよっぽど良い。その人のことを想って、その人との思い出に寄り添って、たまにその人に語りかけて、そうして記憶に残し続けていた方が、よっぽど。

 

手放しかねないやつが大それたことを言うの、おかしいと思っているけれど、縁に近いものが思うこと。あなたは悪くない。だから、覚えていて。

 

今はただ、安らかに。

*1:7月に放送がスタートしたTBS系列金曜22時のドラマ。主演は綾野剛星野源

*2:真相は何もわかっていなく推測の域でしかないけれど、この表現をさせていただきます。

*3:あからさまなパワハラとか、他者を責めなければならない事象もあるのはもちろんわかっている。